† 空の破片 †
「っだ──ッ!!こんなん分かんないってばっ!!」
テーブルに向って軽く2時間。まるで喧嘩でもしてるような顔つきで、
取り組んでたパズルから視線を外す。
両手には形もふぞろな数個のピース。そのどれもが鮮やかな青を映し出してる。
「…お前に其れやってからどれだけ経ってると思ってんの?」
呆れ顔で振り返った男の手には、二つの卵。
それをいとも簡単に片手で割る仕草が、何時見ても手品のようで。
今日も変わらず黄身が崩れない侭、フライパンに落とされる。
「そう言うけど!てかそりゃ貰ったのは2年も前だけど!こんな青1色のパズルっ
当てずっぽう以外のどんな方法で、当て嵌めてけって言うんだよっ」
彼が言った通り、所々空白が目立つ其のパズルは、一面の青、青、青。
空だよ、と男は言うけれど雲一つあるわけでもなくて。
ピースを収めていくには、ただ微妙な形の違いにしかヒントは望めない。
「当てずっぽうだから、そんなに時間掛かるんだろ?同じ形なんて一つとして無いのに」
はい、どうぞと側に置かれたのは、美味しそうな湯気を立ち上らせてる
ベーコンエッグ。
悔しげに睨んだ視線も、嫌味な程に優しい笑顔で流されてしまったらもう、
言い返す言葉も思い浮かばなくて。
「…端っこ、焦げてる」
唸るように告げた声に、相手が声を立てて笑いを漏らしたとしても、
それが彼の精一杯だった。
彼、九条晶。
男、相馬克之。
出会いは2年前の、夏の酷く暑い日の事で。
一瞬だけ、目が合ったと思った。──思いたかった。
それがお互いだったから、その時は本気で奇跡が、
起こったんだと。今思えば擽ったくて笑ってしまうけど、そう感じて。
漸く名前を告げられたのは、甘ったるい空気で埋め尽くされたベッドの中でだった。
出会ったばかりなのに、あまりに大切で、
抱いたばかりなのに、あまりに愛しくて。
愛してる、なんてそんな言葉も追いつかない程に、欲しくて欲しくてどうしようも無かったのは
今も尚変わらない、筈だったのに。
其れは何時もと変哲ない休日。カレンダーが残り一枚になって、
街中がクリスマス色に染まりだす。
店先にはツリーが飾られて、通りには鮮やかな電飾が輝き出した。
去年も一昨年も、一緒に見た白い雪がちらちらと降り始めたのはまだ、
午後をほんのちょっと過ぎた時だった。
「…今年初?」
「そうだろ、…白いなやっぱり」
交わされる短い会話に、ピースを摘んだ晶の指先に力が篭る。
克之、そう呼ぶのが照れ臭くて、呼び慣れるまでに凄い時間が必要だった事。
好きだって言うから、昔のモノクロ映画。沢山借りて話そうって思ったのに
途中で寝ちゃった俺の事、馬鹿にするでもなくただ嬉しそうに笑ってた。
卵を割る、長い指先が好き。
煙草を吸う姿だって、欲目じゃない。絵になるってそう思ってたよ。
克之はそうじゃないって言うけど、どんなに忙しくても逢いたいって、
そう言った俺をずっと甘やかしてくれてた、貴方は優しい人だったね。
「そっちはどんな具合?」
咥え煙草の侭、どこか可笑しそうに笑って振り返る克之に、
嵌めかけて、やっぱり合ってなかったピースを誤魔化すように睨んで返す。
「上々!」
嘘じゃない、後数個でパズルが完成するのにどうしても当て嵌まるものが見付からない。
無い訳じゃないのに、見付ける事が出来ない。
「へぇ?頼もしい事で」
悔し紛れに投げつけられた一つのピース。其れを難無く片手で受け止めれば、
晶が又悔しそうな顔するから。克之は自分の顔が綻ぶのを止められなくて。
「老婆心ながら、此れは…此々ね」
パチンとワザとかと思える程に音を立てて、空白の一つに投げられたそのピースを
嵌め込んだ。
晶、とそう呼べる時間がとても大切だった。
酷く脆いくせに意地っ張りで、真っ直ぐな感情を向けてくるその少年を、
此々まで愛しく思える自分が正直不思議で。
「だってこれ好きだって言ってたじゃん…」
始まって早々寝てしまった映画の言い訳。自分が好きだと言ったから、
借りてきたビデオの数々。モノクロ映画なんて興味も無かったら只、
つまらないだけだろうに。からかう気なんて起きない程に、嬉しいと。
伝えたのはまだ鮮明な記憶。
出会った夏以来、手を伸ばせば抱き締められた。
逢いたいと思ってくれるなら、何時だって何処だって苦じゃなかったよ。
逢いたいと思った俺の所に、何時だって何処だってお前が来てくれたように。
恋愛に馬鹿になってく自分の事を、それでも好きだと思わせてくれたのは、晶。
お前なんだから。
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